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2014年7月17日木曜日

NHKニュースウォッチ9に出ました


昨晩(2014.7.16)のNHKニュースに、月1回くらいのペースで行っているエネルギーのカフェの模様が取り上げられました。

原子力規制委員会の審査をパスした初の原発が鹿児島で再稼働する可能性が出てきたことについてです。
電力会社と政府(立地自治体も含めて)は住民も含めた議論には正面から取り組もうとせず、
自分たちだけで決めた結論を「説明」するだけで進めようとしています(安倍さんが「世界最高水準の規制」とのたまう新規制基準には、まったく世界レベルではないという多くの批判が寄せられています)。

このような小規模なものでも学習し、話し合いを積み重ねていくことで、少しでも民意を政治へ反映する土壌づくりができればと思っています。

リンク:http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140716/k10013069761000.html












(記事本文)
国の原子力規制委員会が安全性を確認した原発について、運転再開を進めるという政府の方針について、エネルギー問題に関心を持つ若者のグループからは、国民的な合意がないまま再稼働に向けた動きが進むことに対して懸念の声が上がっています。
このグループは、福島の原発事故をきっかけに若い世代が気軽にエネルギー問題について意見を交わす場を作ろうと、月に1回程度集会を開いています。
今月、東京都内で開かれた集会には、20代から30代の学生や会社員など10人余りが集まり、川内原発の再稼働について意見を交わしました。
この中で参加者からは、原子力規制委員会が「規制基準を満たしているからといって事故のリスクがゼロになったとはいえない」としていることを念頭に、「基準をクリアすれば再稼働するというのはとても危ういと思う」などと政府の方針に対する不安の声が出されました。
また、再稼働を巡る賛否が分かれていることを踏まえ「もっと国民や地元の意見を聞いてほしい」とか「国民の意見を政策に反映させる仕組みを作ってほしい」などと国民的な合意がないまま再稼働に向けた動きが進むことに対して、懸念の声が上がっていました。
集会を呼びかけている福島宏希さんは「エネルギーを原発に頼るかどうかはもっと議論が必要だと思う。国民的な合意がないまま原発の再稼働を決めると、国民1人1人が自分たちの問題としてエネルギー政策を考える機運をそぐことにつながる」と話していました。

2014年1月1日水曜日

【新年に寄せて】日本病と闘う:原発を許すな

年末年始とは関係なくたまたま読んだ、観たものによって、この国の病巣は根深く、治る気配もないことに改めて気付き、とても明るい気持ちで新年を迎える気にはなれない。

2002年に刺殺された民主党の石井紘基代議士の言った「日本病」(官僚と政治家が利権構造を作り、そこに多くの利害関係者が群がり「闇の帝国」を築く構図)は形式的には良くなるように見せて、実態はあまり変わっていない。
石井紘基 日本病の正体

それが最も端的に表れているのが原発だ。
原発を軸にして票とカネが自動的に生産されるシステムに、真っ向から立ち向かえる人や組織は今の日本にはいない。唯一、国民の選択によって政治に正統的な力を与える選挙も、原発推進派に大きな力を与えてしまった。
いずれ近いうちに原発の本格的な再稼働は始まる。
そして事故は必ず再び起きる。
なぜなら、日本の原発は福島事故からほとんど何も学んでいないからだ。
根本的な対策は、原発再稼働を早期に実現したい電力会社、政治家、官僚によって骨抜きにされてしまった。

再び大事故を起こせば、世界は日本を見離すだろう。
急激な円安が進展し、株は大暴落。
国債価格は急転直下し、金利は高騰。
金利の高騰が日本の借金返済の先行き不安を掻き立て、さらなる国債価格の下落と金利の上昇を招く。
猛烈なインフレに見舞われ、日本は債務不履行となる。

日本への観光客は皆無になり、オリンピックは中止。
海外からの投資は一気に引き揚げられる。

日本は孤立し、経済的にも政治的にも立ち行かなくなるのが原発推進のなれの果てだ。

「知らないから何もしない」
「何か言うと周りからの目が怖いから何もしない」は
もはや自分たち自身を欺き、未来世代への犯罪行為ですらある。

少しでも学び、人とはなすこと。
そこから全てが始まる。
もしまだ読んでなければ、ぜひこちらを読んでもらいたい。
原発ホワイトアウト
【そもそも総研たまペディア】原発ホワイトアウト 後編 原作者の若杉冽、現役官僚が覆面で激白の訳は 2013/11/28

2013年9月29日日曜日

【News】タンクにシート置き忘れが原因 汚染水処理停止

ネズミが感電して冷却が止まったときもそうだったけど、こういう単純なミスで大問題に発展してしまう。
そもそも原子力は手に負えない技術だと思うのだけど、そうは思わない人が多くいるのが不思議。
こんなことが起き続けているのに、
「日本は原発事故を契機に、いまや世界最高の技術を手にしたので、世界に日本の原発を売りに行くのです」
"The situation is under control." 
と胸を張って言える神経は、正常なのだろうか。
何か間違っていると思う。


http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG2900V_Z20C13A9CR8000/?dg=1

日本経済新聞Web版

タンクにシート置き忘れが原因 汚染水処理停止 

2013/9/29 21:36
 福島第1原子力発電所の新型の汚染水浄化装置(ALPS)が不具合で停止した問題で東京電力は29日、処理タンク内に置き忘れたゴム製シートがタンクの排出口をふさいだのが原因だったと発表した。シートは回収し、不具合は解消した。東電は早期の運転再開を目指す。
福島第1原発の汚染水処理設備「ALPS」タンク内部の排水口と見つかったゴム製のシート(29日)=東京電力提供・共同
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福島第1原発の汚染水処理設備「ALPS」タンク内部の排水口と見つかったゴム製のシート(29日)=東京電力提供・共同
 ALPSは27日未明に試験運転を始めたが、約1日後に汚染水から放射性物質を取り出す部分で流量が減少。異常が発生したとして浄化作業を止めた。
 処理タンク内部を調査したところ、仮設のはしごを固定するためのゴム製シートがはずれ、排出口をふさいでいた。シートは本来、運転前に片付けてタンクの外に出すが、置き忘れていたという。タンク内に他の異物はないことを確認した。
 東電は同型の別のタンクでもシートの置き忘れがないか、水を抜いて調べている。
 ALPSは汚染水から放射性物質を除去する装置で、増え続ける汚染水対策の切り札とされている。当初は昨秋に稼働する予定だったがトラブルが相次ぎ、本格稼働は大幅に遅れている。

2013年9月9日月曜日

【東京オリンピック】液状化、大地震、原発。

昨日、2020年夏季五輪が東京に決まりました。

オリンピックの施設候補地は湾岸に集中しているけど、大地震が来たら液状化で一番先に沈むんじゃないのかな?それとも最新の工法では液状化の影響を受けないのでしょうか。

http://tokyo2020.jp/jp/plan/venue/
特に「東京ベイゾーン」って危険そう・・・

そもそも大地震の可能性をまともに考えたら東京にオリンピックなんて呼べないと思うから、得意の「起きないこと」になってるのでしょうかね。(計画段階ではいろんな対策があるんでしょうけど。ただそんな「対策」が実際に地震が起きたらどれだけ役に立つんでしょう)

東北でまた大地震が起きれば福島原発の使用済み燃料が危なくて、下手をすれば東京も人が住めなくなるし、首都直下型地震では東京壊滅、南海トラフはもうこりゃ大変。浜岡はドッカーン、東京は死の灰。

全国に原発と言う名の巨大リスク源が散らばっているから、どこで地震が起きてもさあ大変。だけどこれまで通り景気のいいことを言って票とお金を集めたい政治家さんたちは、「リスクは無いんだ」と強弁を貼る作戦で、人々が快感を覚える方向へ持って行こうとする。経済界はとりあえず人々がお金を大盤振る舞いで使うようになってもらいたいから、その方向を後押しする。

これって既視感あると思うの、僕だけですか?
2011年の3月11日より前に、何て言って国は原発を動かしてたんでしたっけ?

とりあえず目の前の一部業界と政界の人の利益さえ確保されればいいから、再稼働の新規制基準は穴があってもとりあえずOK。謎の猶予期間により対策とらなくても動かせる。活断層は真下を通っていなければいいんだという理屈で、よく分からない舌戦を規制委員会と電力会社が繰り広げている。もちろん、高レベル放射性廃棄物なんていう、考え出したらきりがない問題は封印。とりあえず将来世代に負担はお任せ。

311後、再び「巨大リスクからは目をそらせ」「国民には快感を」、という方向に舵が取られ、見たくないものを見ないようにしている。そうでなければ大地震の可能性が高まっていると言われている日本で、まだ放射能出しまくっている原発のそばでオリンピックなんて考えられない。

既にメディアの報道も圧倒的にオリンピック歓迎ムードを作りだしていて、これはどんどん加速するんだろうけども、7年後とは言わず、次の瞬間にでもこの国はどうなってしまっているか分からない、そういう大きなリスクを抱えたままなんだということはあまり認識されていないんでしょうね。

規模は違うけど、太平洋戦争前もこういう浮かれ方だったんだろうなって、思いました。

2013年7月28日日曜日

原発の維持・推進をしたいと考えるならばぜひ答えてほしい二つの問い


エネルギー供給、ことに原発については、僕は徐々に削減して2030年ごろにはゼロにすべきと考えています。ただ、原発そのものが絶対的に悪だとか、そこまでは思っていません。

人類が開発した一つの技術として、うまく管理ができるなら、それを活用するのも手であると思います。ただ、現在の、特に日本の置かれた状況を鑑みて、どうしても次の二点に対して自分の中では原発に活路を見い出せる方向に答えがみつからず、そのために決定的に原発に未来はないと思っています。

【問一】
もし再び日本のどこかの原発で過酷事故が起きるとしたら、それが日本に与える影響はどの程度、どのようなものだと考えますか。日本はその影響に耐えることができるか、またはそれだけの影響を覚悟しても原発利用のメリットの方が大きいと思いますか。

【問二】
使用済み核燃料はどのようにすべきだと思いますか。具体的には、核燃料サイクルは維持すべきでしょうか。維持すべき、という方は、技術開発にかかる時間と費用負担をどの程度と考えていますか。維持すべきでないという方は、原発を稼働し、使用済み核燃料をどんどん増やしながら核燃料サイクルの放棄という政策の方針転換が政治的に受け入れられるとお考えでしょうか。特に青森県および原発立地自治体の賛成が得られるか、という点です。

上記二点は、原発の賛否を云々するいろいろな場面で推進派の人からは正面から答えが出されていないような気がするので、あえて聞いてみたいと思います。

エネルギー供給の話をすると、コストや安定供給、また安全保障の面から化石燃料や自然エネルギーの弊害がとかくいわれますが、僕はそもそも上記二点の問題において、短期的にはともかく、長期的には原発は日本のエネルギー供給の選択肢にないと思います。つまり、メリットデメリットを比較する以前に、長期的にはその対象にすら上がってこない存在だと思います。

僕がいう「長期的」というのは代替技術の普及と、制度変更などを考慮して20年程度のことを指しているので、少なくとも今から原発を新設したり、リプレースを積極的に行うということは考えにくいです。むしろ、廃炉や放射能汚染地域の環境復元技術の確立に向けた技術開発投資と、人材育成を積極的に行っていくイメージです。動かすにしても、じっくり安全基準を固め、妥協のない検査に合格した原発からです。

上の問いに対しての僕の答えは以下です。

【問一】再び過酷事故が日本でおきたら、程度にもよるが、経済的負担に国家財政が耐えられなくなる恐れがある。福島第一原発の事故で少なく見積もって5兆円程度の復旧・補償費用と言われ、実際はいくらかかるか分からない。毎年税収よりも多い額の借金をし、世界中から日本の国債暴落がいつ来るか心配されている国が、いち原発の復旧のためにこのような財政負担を許していいのか。電気代の増大によって国民負担をさらに増やすし、国債暴落の「Xデー」を早める可能性がある。

また、再度事故が起きれば、海外からの対日投資は激減するのではないだろうか。放射の汚染の不安に加え、巨大リスクをマネジメントできない国家・国民として、二度目に事故が起きれば、確実に経済的、政治的に国際的に見離されると思う。放射能汚染に対する海外の目は非常に厳しい。なあなあにしたがる日本国内の雰囲気は通用しない。

時々聞く意見は「福島原発は初期の頃の旧式のもので、他のはもっと安全だから大丈夫」というものだが、果たして本当にそうか。311以降地震リスクは大幅に上がったと言われ、原発付近で断層も多く見つかっている。また、これまでの事故の検証内容を見ても、今回不具合が発生した部分と同じ構造をもつ原発はいくつもある。そしてそもそも事故の検証自体完全に終わったわけではなく、まだ未解明の点がいくつもある。「絶対安全」はない、ということを学んだのが311の教訓なのだから、事故は再び起こると考えるべきだ。また、事故後の各社電力会社の対応を見ても、早く原発を再稼働させたい一心で規制強化と電力改革を防ごうとする態度が良く表れている。反省に立つよりも自分たちの利益が優先する組織群に、いくら「他のものはもっと安全」と言われても、信じて任せることは難しい。

そのほかにも、避難対象地域の人々を中心とした国民の不安や負担など、直接まとまった数字に表れなかったり、そもそも数字にはできないが人として耐えがたい被害は山ほどある。以上から、原発事故の負担は日本はもう二度と負うべきではない。そうするための最善の策は、可及的速やかに脱原発を実行すること以外にない。

【問二】核燃料サイクルは現実的には技術的、経済的に実現不可能だが、核燃サイクルが動いていることにしなければ青森県内(六ヶ所村)に使用済み核燃料を置くことができず、各原発サイトの貯蔵プールも容量が限界に近付いているから、使用済み核燃料が行き場を失う。

つまりサイクルが止まった瞬間に原発をもう動かせなくなることを意味する。それを回避するための方便として、核燃料サイクルの実現可能性が極めて低くても「続行する」と言い続けている。これは経済産業省や内閣府の官僚やエネルギー政策に特に携わる議員も含めて内心では認めている公然の事実。NHKほかでも繰り返し報道されているし、証言映像も会議記録もいくつもある。つまり核燃料サイクルは原発を動かすための方便にすぎない。

その維持のために日本原燃等に膨大な資金(徴収された電気代、税金)が流れ込んでいる。このような茶番は早くやめるべき。使用済み核燃料を核廃棄物として長期保管し、その後地層処分する方針に早く切り替え、そちらに注力するべきと思う。

大変長くなりましたが、私の意見は以上です。
別に精密な議論だけを求めているわけではないので、どんな意見でも聞かせてもらえれば幸いです。自分の意見のどこに穴があるのか知りたいと思っています。

原発に関しての無力感

原発事故から2年、多くのレポートや書籍が出版されているにも関わらず、色々な人たちと話して思うのは、原子力を取り巻く実態が理解されていないということ。

メディアで言われる通り一辺の理屈は、表面の薄皮の部分に過ぎず、核心部分はまだ一般には全く理解されていないと感じる。

本来なら、ある程度の知識が共有されているのが前提で、「で、どうする?」という話からしたいし、そうできるべき時間が経ったと思うが、未だに基本的な事実の共有から入らないと話ができない現実は、とても残念だ。

これでは脱原発の理解を広く得るのは極めて長い時間がかかり、その間に原発推進は既成事実化され、どうあがいても「これから政策を変えるのはコストかかり過ぎて無理」という理屈が今以上に大手を振るようになるのだろうと、容易に想像できる。

まがりなりにも環境活動を長くしてきた一人として、この現状には大きな責任と、ぬぐいがたい無力感を感じている。

原発のあり方から選挙・政治参加を考える

実際のところ、原発に関する情報は、
既に公開されているものだけでも、
本当のことが分かりやすく、多くの人の目にさらされさえすれば、
「このままでいい」「現状は嫌だけど、しょうがない」と思う人はほとんどいなくなると思う。

ただ、真実が、多くの人に分かりやすい形で伝わるようにするだけ
ただそれだけだと思う。
そうすれば、なだれを打って雰囲気は変わると思う。

しかし、それが投票などの行動にどう影響を与えるかはケースバイケースになる。
投票は、所詮多くの政策のパッケージでしか候補者・党を選ぶことができない。
だから、全体的に考えると、やっぱり今のままで・・・
という選択をする人も少なくないのだろう。

だからこそ、昨年の夏に行われたエネルギーの「国民的議論」
のような取り組みがとても価値があるのだ。
もちろん昨夏の取り組みも、改善すべき点は多いと思う。
けれども、ひとつひとつの課題に対して、国民の意見をちゃんと取り入れるには、
あのような仕組みを様々な課題に対して行う以外にないと思う。
そこには時間も費用もかかる。
でも、それが民主主義というものだ。
コストを嫌って民主主義の成熟を期待することはできない。

選挙のような大雑把な選択の仕組みだけで、
鬼の首を取ったような顔をして自分たちのやりたいことを通そうとする姿勢は
全く間違っている。
世論はそんなに単純ではないし、
仕組み上はどうあれ、有権者はそこまでの権利を与党に与えていない。