Rio de Janeiro

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2016年3月25日金曜日

政権と一体化する日本最大級の保守団体「日本会議」とは何か?(Platnews)












安倍政権の打ちだす政策と多くの主張が符合する団体がある。日本最大級の影響力を持つ保守団体「日本会議」である。
保守系団体の統合による日本会議の誕生
日本会議は1997年(平成9年)「日本を守る国民会議」と「日本を守る会」という二つの保守系団体が統合さ れて生まれた。
  • 日本を守る国民会議とは、元最高裁判所長官の石田和外により1978年に設立された「元号法制化国民会議」を前身に持ち、1981年に発足した団体。保守系文化人、保守系団体、旧日本軍関係者を主な構成員とする。
  • 日本を守る会とは、1974年に円覚寺貫主の朝比奈宗源が、生長の家創始者の谷口雅春らに呼びかけて作った神道・仏教系宗教団体による団体。
日本会議の会員数は3万5千人~3万8千人と言われ、全47都道府県に支部を持ち、各都道府県内でさらに小規模の地区組織に分かれる。
役員は2015年6月時点で名誉会長三好達(元最高裁判所長官)、顧問石井公一郎(ブリヂスト ンサイクル株式会社元社長)、代表委員石原慎太郎(作家)、横倉義武(日本医師会会長)、事務総長椛島有三(日本協議会会長)など57名。そのうち約20名が宗教関係者で、神社本庁統理、神宮大宮司、神道政治連盟常任顧問、前天台座主、熱田神宮宮司などが役員に就任している。

「誇りある日本」を取り戻す
日本会議の理念を一言で表すと、「美しい日本の再建と誇りある国づくりのために、政策提言と国民運動を推進する」となる。
戦後の占領政策や教育政策によって、日本は古来から培ったよき伝統や文化、一言でいうならば「国柄」を忘れ、誇りを持てる国ではなくなった。もう一度誇れる国日本を取り戻そう、という趣旨である。その柱は以下の3つである(綱領)。
  • 歴史、伝統、文化の継承
  • 国の栄光と自主独立 豊かで秩序ある社会建設
  • 人と自然の調和 共生共栄の世界の実現
これを達成するために、具体的に関心を寄せている課題としては、
  • 中国や北朝鮮の軍事的脅威
  • 外国人参政権問題
  • 竹島・尖閣諸島の領土問題
  • 反日的な歴史教科書の問題
  • 夫婦別姓を導入する民法改正案、男らしさや女らしさを否定する男女共同参画条例の制定による子供や家庭を巡る環境の悪化
  • 教育正常化
  • 地域や学校における国旗掲揚・国会斉唱運動
  • 公正な情報を行うマスコミを大いに支援、国益をかえりみない偏向報道の是正
  • 伝統・文化を軽視する風潮への反対
  • 反日・自虐的な歴史観の是正
  • 主にアジア各国やブラジルの人々との交流を深め、共生共栄の精神による民間国際親善事業
などがある。2002年に開催された設立5周年記念大会の決議では、
  • 国会が速やかに憲法改正の発議に踏み切るよう強く働きかける
  • わが国の歴史・伝統を基調とする、教育基本法の全面的改正を求める
  • 靖国神社を蔑ろにする国立追悼施設計画を阻止し、首相の靖国神社参拝の定着化を求める
  • 崩壊しつつある家族と地域社会の再生をめざし、道徳心涵養(かんよう)の国民運動に取り組む
と謳われている。

成果を上げた教育基本法改正
実際に2006年に教育基本法の改正は行われ、愛国心、道徳心の育成が新たな教育目標に明記された。義務教育課程では教育指導要領に愛国心教育、国旗国歌指導、天皇への理解と敬愛の念、領土領海の学習、防衛の意義と自衛隊の役割、道徳教育の充実、日本神話の学習などが盛り込まれるなど、日本会議が主張してきた内容が多く盛り込まれている。

次の目標は憲法改正
そして次の主たる目標は憲法改正だ。日本会議系のネットワーク団体「美しい日本の憲法をつくる国民の会」では、憲法改正に向けた「憲法改正を実現する1000万人ネットワーク」を展開している。そこではこう述べられている。
私たちの国が世界に誇れる国に生まれ変わるために、憲法改正は喫緊の課題です。
日本国憲法は、敗戦後、連合国軍の占領下でGHQに押しつけられた「占領憲法」です。さらに憲法(成文憲法)を持つ世界188ヶ国のうち、日本の憲法は14番目に古く、しかも、一度も改正されていない憲法としては、世界最古の憲法なのです。
そして以下の様に変更することを推進している。
1. 「前文」…美しい日本の文化伝統を明記すること
  • 「平和を愛する諸国民の公正に信頼」して委ねるという、他人任せな規定を見直す
  • 建国以来2千年の歴史をもつ、わが国の美しい伝統・文化を明記すること、世界平和に積極的に貢献する、国民の決意を表明する
2. 「元首」…国の代表は誰かを明記すること
  • 国際社会では、天皇は日本国の元首として扱われているが、国内では、「天皇は単なる象徴にすぎない」とか、「元首は首相だ、国会議長だ」という憲法論議が絶えない。国家元首は一体誰なのか、憲法に明記する必要がある
3. 「9条」…平和条項とともに自衛隊の規定を明記すること
  • 9条1項の平和主義を堅持するとともに、9条2項を改正して、自衛隊の国軍としての位置づけを明確にする
4. 「環境」…世界的規模の環境問題に対応する規定を明記すること
  • 地球規模の環境破壊が進む中、自然との共存、環境保全は世界的課題であり、環境規定は喫緊の現代的課題
5. 「家族」…国家・社会の基礎となる家族保護の規定を
  • 社会の発展、子弟の教育などを支える家族の保護育成は、世界各国でも憲法に規定されている重要な項目
6. 「緊急事態」…大規模災害などに対応できる緊急事態対処の規定を
  • 来るべき大災害に対処しうる憲法規定が必要となっている
7. 「96条」…憲法改正へ国民参加のための条件緩和を
  • 憲法改正への国民参加を実現するため、憲法改正要件の緩和が求められる

強力な政治とのつながり
日本会議の大きな特徴になっているのが、「国民運動を展開する草の根ネットワーク」を自称しながらも、政治とのパイプがとても太いことである。
日本会議設立と時を同じくして、日本会議国会議員懇談会(以下「懇談会」)が立ち上げられている。2015年には自民党を中心に、超党派で280名が加盟している。これは衆参両院議員(717名)のうち約4割にあたる。
政治と密着する日本会議。中でも現政権との親密度は折り紙付きだろう。懇談会特別顧問は麻生財務大臣、副会長に安倍首相、菅官房長官、石破地方創生担当大臣、中谷防衛大臣が名を連ねる。第二次安倍改造内閣では19名の閣僚のうち15名が、第三次安倍改造内閣では、25名中12名が日本会議所属議員となっている。
保守宗教勢力、旧軍人・軍属、保守文化人等の結集を果たし、強い政治的影響力を発揮してきた日本会議。今夏の参院選前後の改憲に関する動きや、外交・防衛、教育、家庭のあり方などの分野でこれからも政治へ強い影響力を発揮することは間違いない。

図:日本会議の関係組織概略図(筆者作成)

2016年3月23日水曜日

共産党とは何か(Platnews)



民主党が大敗し、自民党・公明党が政権に返り咲いた2012年総選挙。

政権交代は「一強多弱」の始まりとなったが、同時に90年以上続く「長寿政党」共産党の新たな興隆の始まりでもあった。2013年参院選では改選3に対し8議席獲得。2014年総選挙では8議席から21議席と、まさに躍進続きだった。

そんな「波に乗る」共産党が、2015年9月に国会を通過した「安全保障法制」を廃止にするべく、「国民連合政府」構想を打ち上げた。民主党をはじめとする全野党に協力を呼びかけ、「安保法制廃止」一点に絞って本年7月の参院選で選挙協力をしようというのである。

しかし民主党保守派を中心に抵抗感が強く、「あり得ない」(民主党 岡田克也代表)、「シロアリみたいなもの」(民主党 前原誠司元外相)、とまで言われてしまい、構想は進んでいない。

一体、なぜ共産党はそこまで嫌われるのだろうか?



共産主義とは何か


共産主義とは、財産の一部または全部を人々の共有のものとし、階級と、階級間の搾取のない社会を作りだすという政治思想である。

では、どのようにそのような社会を作るのか。資本家をはじめとする特権階級は、労働者階級に同情し、自らの財産や特権を話し合いなどの平和的手段によって手放し、抑圧を止めることはあり得ないと考えられた。したがって、暴力革命によって労働者階級が特権階級を駆逐するしかないという立場を取るのが共産主義である。



日本共産党の発足

日本共産党は1922(大正11)年に「共産主義インターナショナル」(通称コミンテルン)日本支部として結成された。戦前・戦中は政府による激しい弾圧を受けるが、戦後合法政党として活動を再開し、「細胞」と当時称された学校や党員の職場等における基礎組織を中心に、党勢を拡大する。

1951(昭和26)年には「日本の解放と民主的変革を、平和の手段によって達成しうると考えるのはまちがいである」とする「51年綱領」を決定。さらに、「われわれは、武装の準備と行動を開始しなければならない」と「軍事方針」を定めている。

当時共産党が直接・間接的に関与したとされる事件は数多いが、一例を挙げると1952(昭和27)年の「吹田事件」(朝鮮戦争反対に関して暴力的なデモ行進を行った)や、同年の「血のメーデー」(デモ隊1名が死亡、デモ隊・警官隊合わせて約1,000名が負傷)などがある。

しかしこのような路線は国民の理解を得られず、1952年の衆議院議員選挙と翌年の参議院議員選挙では全ての候補者が落選する。困難な状況に直面した日本共産党は、1958年には方針転換を行う。それまでの混乱や武装闘争路線は一部の指導層の独断によって行われたものであり、党中央組織とは関係がないとした。この認識は現在に至っても同じである。



ぬぐえない暴力に対する不信感

これ以降、徐々に内部抗争や金銭的腐敗を一掃し、クリーンなイメージを打ち出すことになる。近年では共産党関係の目立った暴力事件は見られず、また党の綱領からも先鋭的な表現はなくなってきている。

しかしこれは第一段階として資本主義体制の枠内で民主的方法で勢力を伸ばし、第二段階で社会主義・共産主義国家樹立 へと動く戦略に基づくものであり、将来的に再び暴力的な手段に訴えないとはいえない、という慎重な見方も根強い。警察庁では、依然として共産党を「暴力革命の方針を堅持する日本共産党」 として「重大な関心」 を払っている。



共産圏の世界的な退潮

また、共産圏の現状も共産党に対する信頼喪失につながっている。第一に旧ソ連の崩壊はソ連型社会主義の理論的失敗を露呈した。それにも関わらず、綱領で表現されている「社会主義・共産主義社会の実現」という理想や、党名を変えない点が、時代錯誤であると考えられても不思議ではない。

次に中国や北朝鮮、旧ソ連を含む他のほとんどの社会主義国で見られるように、いずれの国も「民主的」を謳いながらもおよそ一般的な感覚の「民主的」とはかけ離れた政体となっていることである。

これは、共産主義の実現のためには、一時的に「プロレタリアート」(労働者階級)による独裁(プロレタリアート独裁)が必要であるという理論に依っている。理論上共産主義の実現と(一時的な)独裁は切り離せないものであり、社会主義国家の多くが独裁体制になっているのはこのことによる。

日本共産党も1961年の綱領からプロレタリアート独裁の文言が入っていたが、1973年綱領では「プロレタリアート執権」となり、1976年にはその言葉も消えている。現在は革命の第一段階では「議会制民主主義の体制、複数政党制、政権交代は堅持する」と綱領に記載されている。



独自路線の貫徹が独善的との批判を招いた

また、共産党は他の政党とめったに選挙協力をしない。これは政策の違いの他に、日本社会党と長年対立してきたこと(したがって元社会党議員が多く在籍する現在の社民党や民主党とも相容れない)や、組織強化の戦略として選挙ごとに独自候補を擁立する方針を取っていることなどが理由として挙げられる。(このことは、結果的に野党陣営の票を割ることになり、共産党が打倒したいと考えているはずの与党を多くの場合利する結果になっている。)

加えて、これまでの歴史で共産党系の団体の多くが分裂を起こしてきた。1948年に生まれた「全日本学生自治会総連合(全学連)」は共産党の強い影響を受けていたが、1955年の共産党の方針転換により影響下から離れる。その後新左翼系学生達と共産党系の学生達の間で激しい争いが起こった。

また、1965年に部分的核実験禁止条約への対応をめぐって「原水爆禁止日本協議会(原水協)」(主流派:共産党)から社会党系グループ、日本労働組合総評議会(当時)系グループが脱退し、「原水爆禁止日本国民会議(原水禁)」を設立した。

部落解放同盟は元来共産党の影響が強かったが、政府の同和対策方針に対する確執から、同盟内における支持を失い、険悪な関係となっている。



変革への本気度が問われる共産党

以上、共産党につきまとうネガティブなイメージは、主に党が実現しようとする「共産主義」そのものに対する嫌悪感と、これまでの歴史で積み上げてきた様々な不信感が基盤となっているようである。

上記で紹介したように、近年は暴力事件も起こしていなければ、綱領も現実路線に切り替わってきている。しかしそれがどこまで「共産党の本心」なのか、共産党は本当に変わる気があるのか、多くの人がいまだ疑心暗鬼であることの表れが、冒頭の「国民連合政府」構想の否定につながっているのだろう。

結党94年を迎える老舗政党の本気度が、今問われている。

Platnews執筆記事より転載


2016年3月21日月曜日

「18歳選挙権」で救われない若者には何が必要か?(Platnews)



昨年6月、公職選挙法が改正され、選挙権年齢が引き下げられた。今年7月に予定されている参議院議員選挙より、18歳、19歳も投票ができるようになった。これは現在の男女20歳以上に選挙権が与えられた1946年から、じつに70年ぶりの選挙権引き下げとなり、歴史的な出来事といえる。



若者を「救えない」18歳選挙権

一方で、18歳、19歳の人口(約240万人)が有権者全体に占める割合は約2%であり、有権者全体のバランスを大きく変えるものではない。日本の選挙は、数において圧倒的に多い高齢層が、投票率でも若年層を凌駕しており、高齢者優遇の政策になりがちな「シルバーデモクラシー」となっていると指摘されている。このことが社会構造の転換や財政的な持続可能性を妨げている一因と考えれられている。

2014年の衆議院議員選挙を例にとると、60代の投票数(有権者数×投票率)は1,313万票である一方、20代は414万票にとどまり、投票数では20代は60代の3分の1となっている。(※1)

少子化が進む日本では年齢が下がるほど人口が少ない構造になっており、18歳、19歳が投票に参加し、若年世代としては非常に高い投票率(仮に60代と同じ約60%とする)になったとしても、投票数は60代の約4割にとどまる。依然として政治家にとっては、若者よりも高齢者の声を優先した方が「得」である状況に変わりはない。

選挙権年齢が下がることは、投票数以外にも若者の政治的関心を高めることや、社会が若者の動向に注目することなど、副次的な影響もある。しかし、根本的に選挙に与えるインパクトが限定的であるため、18歳選挙権が日本の社会構造をドラスティックに変えるとは言い難い。



被選挙権年齢の引き下げも検討すべき時

それでは、若者の意見がより社会へ反映されるようになるためには、どのような取り組みが必要なのだろうか。ここでは選挙制度改革を考えてみる。

まず、被選挙権年齢を引き下げることにより、より若い世代が議員として活動できるようになる。現在の被選挙権年齢は、衆議院議員、地方議会議員、市区町村長は25歳、参議院議員ならびに都道府県知事は30歳となっている。これを20歳や18歳に引き下げるというものだ(「何歳が適切か」という議論はここでは置いておく)。

こうすることにより、より直接的に若者の声が政治に反映されるようになる。同時に、同世代が出馬するとなれば、若者の政治的意識もより高まっていくだろう。

これに対する反論としてよくあるのは、社会的経験も積んでいない若い世代が、政治ができるのか、ひどい政治家が生まれたらどうするのか、という意見だ。たしかに、政治は多くの人の人生を左右するものであるから、いい加減な人や能力の欠ける人においそれと任せるわけにはいかない。しかし、18歳や20歳であれば、必ず政治家にふさわしい素質を備えていないと言えるのだろうか。逆にいうと、年齢要件を満たしていても、政治家にふさわしくない(が当選している)人はいないと言えるだろうか。また、衆議院議員は25歳からで参議院議員は30歳からという「5歳」の差に合理的な理由があるだろうか。

被選挙権年齢は、その年齢以上であれば「立候補できる」ということであって、選ぶのは有権者である。能力が満たないと思うのであれば選ばなければよい。若い人の声をより積極的に吸い上げていくためには、被選挙権年齢の引き下げは検討すべき時期に来ていると考えられる。



高すぎる供託金が若者を政治から締め出す


被選挙権年齢の引き下げと併せて検討した方が良いのは、立候補時に必要となる供託金の引き下げ(または廃止)である。

立候補時に必要となる供託金は選挙によって30万円~600万円と様々で、国会議員への立候補は300万円(選挙区)か600万円(比例)となっている。20代後半の平均年収が340万円とされる現在、供託金は立候補の大きな足かせとなっている場合も少なくないのではないか。

諸外国と比べても日本の供託金制度は非常に高額である。主な国を例に挙げると、アメリカ、フランス、ドイツ、イタリアなどには供託金制度はなく、イギリス下院500ポンド(約8万5千円)、カナダ国政選挙1,000カナダドル(約8万4千円)、韓国国政選挙1,500万ウォン(約150万円)などである。

供託金の額を下げたり、そもそも無くしたりすれば、売名目的の立候補者が増え、選挙が混乱するという意見がある。それはある程度正しいとしても、上記の各国の例を見れば引き下げる余地はあるだろうし、立候補の際に一定人数の推薦人(署名)を集めることで供託金の代わりにすることなども考えられ、必ずしも供託金という形式にこだわらなくてもよいだろう。

そのほか、地域ではなく年齢ごとの「世代」によって当選者数を割り当てる「世代別選挙区」や、選挙権年齢に満たない子ども(乳幼児も含む)の分を親が代理で投票する「ドメイン投票方式」など、若年層の意見をより確実に政治に反映させようとする様々な方法が提案されている。

世界のほとんどの国が導入している「18歳選挙権」で満足するのではなく、どうやって若者の意見を真剣に政治に取り入れていけるのか、ようやく日本はスタート地点に立ったと言えるのではないだろうか。

※出典:
1 第31回~第47回衆議院議員総選挙年齢別投票率調(総務省)
http://www.soumu.go.jp/main_content/000255968.pdf

Platnewsに記事提供始めました



新しく立ち上がった政治系ウェブメディアPlatnewsに記事提供を始めました。週1本程度、主に日本政治の基本的な事柄の解説を中心に担当しています。
こちらのブログでも紹介していきますので、ぜひご覧ください。

2016年1月25日月曜日

「原爆投下は仕方なかった」は一理あると思う。

ここ数年、太平洋戦争のことについて個人的に色々と調べています。

日本では原爆投下について、アメリカの非人道性が声高に言われ、あれは実験のためにやったのだ、落とす必要は本当はなかった、という論調が一般的です。そして、当のアメリカでは戦争を早く終わらせるために必要であったという教育がなされていることから、余計に日本人としての憤りを増幅させているようです。

私も普通の日本人として、このように思ってきました。
しかし、太平洋戦争のことを知るにつけ、「原爆投下を正当化させるだけのことを日本はやってきた」と思うようになりました。
だからといって、原爆のような兵器を使用したことが許されるとは思いません。しかし、アメリカ側から見れば、「仕方なかった」という物言いが、一定程度妥当であるようにも思えてきます。

その理由は、サイパン陥落以降の日本の戦術変化です。
それまではある程度戦って打つ手が無くなれば、「バンザイ突撃」と言って、銃剣で敵に向かって突撃をしていました。そしてほとんどの場合、米軍の機関銃の前に皆殺しにされました。
それで戦闘は終わっていたのです。

しかし、「絶対国防圏」の要であるサイパン島陥落以降、大本営は戦術を転換し、それまで推奨してきたバンザイ突撃を禁止しました。そして徹底的に持久戦を行い、敵に多大な損害を強いると同時に、「本土決戦」までの時間稼ぎをすることにしたのです。

それ以降の戦場では、文字通り最後の一兵まで抵抗する戦場が次々に生まれ、米軍の被害も非常に増えました。日本軍は望みのない戦いでも降参しないので、戦闘は長期化し、(米軍にとって)戦略的に無意味な殺し合いをずっと続けなくてはならなくなりました。

フィリピン、硫黄島、沖縄、と、そのような戦いを続けてきたのはご存知のとおりです。
サイパン奪還に絡むマリアナ沖海戦と台湾沖航空戦で航空戦力のほとんどを失い、フィリピンの戦い(レイテ沖海戦)では空母とほとんどの戦艦・巡洋艦が壊滅し、文字通り丸裸になっているのに、これ以上戦う姿勢を見せているのは、(日本人よりは)合理的にものを考える欧米人からしたら「狂気」以外の何物でもないでしょう。

そして最後は本土で決戦する構えを見せているのですから、これまで以上の犠牲が生まれることは誰の目にも明らかです。いずれ降伏する、というか、指導者以外の国民が全滅することが明白になっても、戦い続ける姿勢を見せている「狂気の」相手に対して、「通常の」戦闘を続けようと思うのは、妥当な選択なのでしょうか。その時、タイミングよく破滅的な影響を相手に与えられる兵器を手にしたら、使わないという選択を採れるのでしょうか。

冒頭にも述べたように、個人的には原爆の使用は実験的意味がとても強かったと思います。そしてなにより、ソ連に対して戦後優位に立つためという意味が最も大きいでしょう。1945年当時のアメリカは(連合国は)日本を戦争の相手としては眼中にいれておらず、どのように戦争を終わらせ、戦後体制をどのように築くか、そのことにほとんどの意識があったように思います。

既に米ソの対立の中にある世界情勢の中で、運悪く日本が原爆の犠牲になったということだと思います。そして、旧日本帝国陸海軍の戦い方は、これ以上ない非人道的な兵器(原爆)の使用をも正当化させうるほど狂気に満ちていたことも、皮肉にいえば、原爆という兵器をどこかで使いたいと考えているアメリカに味方したでしょう。

原爆の悲惨さやアメリカの非人道性は、考えなければいけない大きなテーマでしょう。しかし、その前に、日本はなぜ原爆投下の事態に陥ったのか、自国の行動を振り返る方が大切だと思います。なぜ真珠湾攻撃に宣戦布告が間に合わなかったのか。サイパンが陥落した段階で降伏しなかったのはなぜか。フィリピンが落ちた段階で降伏しなかったのはなぜか。沖縄が占領された段階で降伏しなかったのはなぜか。ポツダム宣言をすぐに受諾しなかったのはなぜか。

サイパン陥落の段階で降伏していれば、東京大空襲もその後の日本中の年に行われた空襲もなかったのです。ポツダム宣言をあと1週間前に受諾していれば、原爆投下はなかったのです。太平洋戦争の空襲や原爆を振り返って、「戦争は悲惨だ」「戦争はしてはいけない」と語る前に、なぜそのような結末になったのかを今一度考えるべきかと思います。

2015年6月20日土曜日

【社会問題への若者の活動(2)】 日本の若者の社会活動の全体像

CSRジャパンコラム Vol.2

若者の社会活動の全体像とは?

こんにちは。United Youthの福島です。このコラムでは、若者を中心とした社会活動の現状や事例をご紹介していきます。第2回目となる今回は、日本の若者の社会活動の全体像を捉えていきたいと思います。

○「若者」って何歳まで?
そもそも「若者」とはどのような年齢層、世代を表すのでしょうか。若い世代のことを言い表す言葉には、一般的に若者、青年、青少年などがあります。
「若者」はその言葉を使用する主体により年齢の定義が異なり、共通の定義はありません。国際機関では一般的に1524歳程度とされることが多く、たとえば世界銀行や国連環境計画は1524歳を 「ユース(youth)」 としています。一方で、日本政府は「青少年」を0歳~29歳として定めています。また、日本の厚生労働省や総務省は1534歳を「若年者」としています。おおむね、日本では16歳以上(高校生以上)から30歳くらいまでを「若者」「青年」と呼ぶことが多いようです。本コラムでは、30歳前後までの人々によって行われる、社会的な課題に対する活動を主に取り上げていきます。

○どんな活動があるのだろう?
では、社会問題の解決に向かって活動する若者たちは、どのような活動をしているのでしょうか。活動分野としては、災害復旧、国際協力、環境、福祉、教育、政治参加、保健・医療、貧困、まちづくり・地域活性化など、非常に多岐にわたります。 また、活動の手法も、啓発活動(シンポジウム、講演会、勉強会、出張授業など)、実地活動(災害現場の復旧活動、里山の保全、途上国での医療支援活動など)、Webを活用した情報提供、ネットワーク、提言活動など、実に多様な活動が全国で展開されています。
年齢が上がるごとに活動範囲や規模が広く大きくなっていくのもこの世代の特徴です。高校生以下の団体では、学校や地域内で完結する活動がほとんどです。学校生活や受験勉強に多くの時間を割く必要があり、またお金もあまり持たないこの世代はそれほど課外活動は活発ではありません。大学生になると、主にサークル活動を中心として、一気に活動に参加する人は増えます。活動範囲も、大学キャンパスや地域での活動はもとより、全国的なネットワークを形成し、全国大会を開催したり、海外で様々な援助活動を行ったりする団体も少なくありません。

○少なくとも11万人の若者が活動している
社会活動を行う若者の数を網羅的に把握した調査は無いため、United Youthで推計したところ、「社会問題を扱う大学生の学生団体」と「代表が35歳以下のNPO法人」は合計で約6,600団体あり、所属メンバーの人数は約11万人という結果を得ました。18歳~35歳の人口は約2,590万人(2011年)なので、この世代の0.4%となります。ただし、この推計には高校生・専門学校生の団体や、法人格の無い任意団体、若者団体以外に参加して活動を行う人、また団体に所属せず、イベントやボランティア活動に参加をするだけの人は含まれないため、社会活動を行う若者の最小限の値と捉えて頂ければと思います。

今回は若者活動の全体像ということで、若者の定義、活動分野・方法、規模を概観しました。次回は具体的な活動事例をご紹介します。お楽しみに!

CSRジャパンでのコラムはこちら≫
【UnitedYouth】社会へ飛び出せ!活動する若者の「今」と「これから」

【報道】改正公選法:18歳選挙権が成立 16年参院選から(毎日新聞2015年06月17日)

http://mainichi.jp/select/news/20150617k0000e010179000c.html

改正公選法:18歳選挙権が成立 16年参院選から

毎日新聞 2015年06月17日 10時53分(最終更新 06月17日 18時59分
 選挙権年齢を「20歳以上」から「18歳以上」に引き下げる改正公職選挙法が17日午前、参院本会議で全会一致で可決、成立した。国政選挙では来年夏の参院選(2016年7月25日任期満了)から、18、19歳も投票できるようになる見通しだ。1945年に「25歳以上」から「20歳以上」に引き下げられて以来、70年ぶりの改定となる。若者の政治参加の拡大につなげるためには、学校現場などを通じた「主権者教育」の充実が鍵を握りそうだ。【前田洋平、樋口淳也】
 改正法により、約240万人の18、19歳が新たに有権者となり、全有権者の2%強を占める見通しだ。施行後初の国政選挙が最初の適用対象となり、その後に地方の首長・議員選挙にも順次適用される。最高裁裁判官の国民審査投票資格も付与される。
 また、改正法で18歳以上の選挙運動も解禁される。選挙違反については、買収など連座制の対象になるような重大な違反の場合、家庭裁判所が原則として検察官送致(逆送)し、成人と同じ刑事手続きで処罰されることになる。
 国会審議では被選挙権の引き下げを求める声もあったが、今回は現行の「25歳以上」(参院議員と知事は「30歳以上」)が維持される。20歳が区切りとなる民法の成人年齢や少年法の適用年齢の引き下げについても、付則で「検討を加え、必要な法制上の措置を講ずる」と記された。
 改正法は若年層の政治参加を目指し、今年3月に与野党6党などが共同提出した。ただ、これまでの国政選での20代の投票率は全体を大きく下回っており、投票率の向上につながるかは不透明だ。国会審議では、学校教育を通じて若者の意識を高める主権者教育の重要性を指摘する意見が続出。副教材の作成・配布や、校内での「模擬投票」実施も検討されている。
 国立国会図書館の08年の調査によると、世界189カ国・地域のうち170カ国・地域で18歳までに選挙権が付与されており、提出者の自民党の船田元(はじめ)憲法改正推進本部長は「世界的すう勢だ」としていた。
 改正法は速やかに公布される見通しで、その後1年間の周知期間を経て施行される。制度の大きな変更である上、選挙人名簿登録などの準備作業に時間を要するためだ。19日の閣議で公布された場合、来年6月20日以降に公示される参院選で18歳選挙権が初適用される。投開票が日曜日だとすると「6月23日公示・7月10日投開票」が最も早い権利行使のスケジュールとなりそうだ。投票日までに18歳を迎える人に選挙権が与えられる。
 ただ、公選法は参院選の投票日を「任期満了の前30日以内」と定めており、投票日が「6月26日」や「7月3日」となると、公示日が改正法施行前の6月9日や16日となる可能性があり、新たな権利の行使は先延ばしとなる。

 ◇改正公職選挙法<骨子>

・衆院選、参院選、地方選の選挙権年齢などを「20歳以上」から「18歳以上」に引き下げ
・公布から1年後に施行
・18歳以上の未成年者が連座制の対象になる重大な選挙違反を犯し、選挙の公正確保に重大な支障を及ぼす場合は原則として検察官送致(逆送)
・民法、少年法などの成年年齢引き下げも検討し、法制上の措置を講じる